「減らし」ましょう!

◆「減らし」も強力な発明の定石!

 

 創造行為をパターン化するとは何事じゃ!と怒られそうですが、発明のための「定石」は厳然として存在します。先のブログ第10話でも、その1つとして「組合せ」をご説明しました。今回第11話では、同じく基本的な定石である「減らし」をご紹介します。

 

 ここで、「減らし」とは、目の前の「発明」をよりシンプルにすることです。当然、「発明」の構成要素を「減らす」ことも含みます。さらに、今回のお話では、「発明」に付帯する手間(方法のステップ)を「減らす」ことも「減らし」に分類します。ですから、よく言われる「発明の上位概念化」には当てはまらないものも「減らし」に含まれる点、ご留意ください。

 

 「減らし」の発明には、その多くに創造の「凄み」があります。一方、「組合せ」の発明は、人間の意欲のままといった感じです。「組合せ」ることは、ある意味、本能・欲求に従えば何とかなります。拡大したい、周りを取り込みたい、といったように。ですから、そういう意味で「組合せ」自体は簡単な場合が多い。

 

 それに対し、「減らす」のは大変です。「断捨離」の難しいゆえんです。「減らす」には先入観、すなわちすでに頭の中に居座っているものとの戦いに勝たねばなりません。この敵は、当初居場所すら分からないのですから厄介です。

 

画像11-1 特に「断捨離」が難しいのは、無意識化した所有欲や喪失への恐怖をなかなか乗り越えられないからではないでしょうか。発明の「減らし」も同じで、技術上での「こうあらねばならぬ」という発明者の本能的な熱い思いの一部が邪魔をして、なかなか実現しません。

 

 自分の好きなものを断って祈願する、という願掛けが昔から行われてきました。これは、頼っているもの、こだわっているものを1つ取り外して思いを集中すると、解決する力や縁が湧いてくるという1つの法則だと思われます。

 

 同じように、発明者としてのモチベーションや信念の一部でもひとまず外すことができれば、技術を改めて「冷静に」見ることで創造性が頭をもたげ、「減らし」の成就される可能性が出てくると思われます。また、そういう意味で、「減らし」は創造的であり、それゆえ「凄み」を感じさせるのかもしれません。

 

 ちょっと脱線しますが、人間、挫折して再起を図れるのも、「減らし」が創造的だからではないでしょうか。少し強引ですが、挫折=「減らし」だとすると、挫折そのものが人生の次のステップへの「発明」になっているようにも思われます。まあ、この場合、ありがたいことに強制的に「発明」(=挫折)させられるのですが(汗)。

 

 話を戻しまして、とは言うものの、発明における「減らし」が難しいことは事実です。特許出願の実際に即してお話しすると、当初、できるだけ「減らし」た(たとえばできるだけ上位概念化した)請求項を作成して出願を行うように心掛けます。

 

 しかし、そのように心掛けていても、たとえば後に拒絶理由通知を受け、その時点で出願発明を改めて「冷静に」見る機会を得ることによって、より「減らし」た(より上位概念の)請求項に気づくことがあります。その段階で初めて、何にこだわって見えなくなっていたのかがわかるのです。もちろん、このような場合でも対処は可能で、たとえばその出願に特許査定が出たとしても、その「減らし」た請求項の分割出願を行って更なる権利化を図る、という手筈をとることができます。

 

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◆「減らし」の具体例:「手間」を減らす

 

 では、具体的に、発明の「減らし」を見ていきます。まずは、発明技術に関係する「手間」を「減らす」ことを考えます。多くの場合、関連する方法の発明における構成要素(ステップ)を「減らす」形となります。

 

 これは、「熱い」思いでつくった目の前の発明技術ではありますが、一歩引いて「冷静に」観察することで実現します。「そもそも、」とか、「突き詰めたら、」とか、目の前の発明を突き放して考えてみることが有効となります。よくあるのが「突き詰めたら、欲しいのはこの製品ではなく、この製品によるサービスなんだけど。」というやつです。

 

 たとえば、サーバ上で動作するソフトウェアの機能を、ネットワークを介して提供するSaaS(Software as a Service)。ユーザは、ソフトウェアという製品を手元のコンピュータにインストールするといった「手間」をとらずに「サービス」を享受できます。このように捉えれば、SaaSというサービス提供方法も、優れた「減らし」の発明と見ることができます。

 

 また、たとえば目の前のシャツについて、「そもそもアイロンがけなんて面倒な作業はいらないのでは?」と「冷静に」考えることで、形状安定(ノーアイロン)シャツを思いつく、というのも「減らし」の発明です。さらに、「いっそのこと、・・・」という問いかけも有効です。たとえば、面倒くさいので「いっそのこと、一緒にしてしまえば?!」によって発明されたのが、リンス・イン・シャンプーです。

 

 ここで、形状安定シャツは、メチレン結合などを生成する特殊加工を付加して作製されています。また、リンス・イン・シャンプーでも、シャンプー成分をミセルとし、リンス成分を界面活性剤のポリマーにするなどの工夫がなされています。このように、いずれもそれ自体の構成要素を「減らす」ことにはなっていません。

 

 しかし、それらの発明の効果として、クリーニングや洗髪の「手間」を「減らす」ことになっているのです。また、クリーニング方法や洗髪方法の発明といったように、関連する方法の観点からみれば、ステップ(手間)を劇的に「減らす」ことができていると捉えることもできます。

 

 このように、「方法」の発明におけるステップ(手間)を「減らす」場合、その発明を実施するために必要となる「物」は、多くの場合、複合機能化又は多機能化します。

 

 逆に言えば、複合機能化又は多機能化した「物」を発明した場合、その「物」を使った何らかの「方法」の発明がつくれないか、またその「方法」の発明が、従来方法に比べて手間を「減らし」たことによる優れた効果を奏しないかどうか、まで検討してみることも大事です。

 

 このブログ第4話でもお話ししたように、モノより「やり方」を替える、と考える方が多くの場合に根本的であり、それゆえに「特許発明」を創り出しやすいのです。そこで、今までにない斬新な且つ「手間」の少ない「原理・メカニズム(やり方)」を用いた「使える特許発明」を創り出せるかもしれません。

 

 たとえば、荒唐無稽の話とはなりますが、非常に高い耐熱性と形状安定性を兼ね備えたシャツを発明したとします。これに関連して、このようなシャツにおける所定の向きに100℃を超す水蒸気を高圧で吹き付けるだけの高速クリーニング方法の発明、なんていうのはどうでしょうか?!

 

 あまりピンとこない例となってしまいましたが、要するに、多機能・高機能の「物」の発明を達成した際、それに付帯して、より低負担・低コストである製造方法、より簡便な取り扱い方法や、より負担の少ないメンテナンス方法(最もよいのはメンテナンスフリーですが)などにも思いを馳せるのがよい、ということです。

 

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◆「減らし」の具体例:発明の構成要素を「減らす」

 

 次いで、発明の構成要素を「減らす」ことも当然、「減らし」の発明となります。ここで、単純に1つの構成要素を発明から除外するケースもあり得ます。しかし、実際には、ある1つの機能をもたらす構成要素に対し、さらに他の機能を持たせることで、発揮し得る機能に対する構成要素の割合を「減らす」ケースがよく見られます。

 

 このケースは、機能ブロック図を描ける場合ならばですが、本来必要となる2つ又はそれ以上のブロックを合体させて1つにし、再配置させる思考作業に相当します。一要素一機能ではなく、1つの構成要素に複数の機能をもたせることで、機能の数に対するブロックの数の割合を「減らす」ことになります。

 

 たとえば、TOTO社の光触媒製品。酸化チタンなどの光触媒性半導体材料を含む塗料やタイルなどです。光触媒性半導体材料は、製品の実施後における物理的保護機能に加えて、セルフクリーニング機能(=超親水機能+活性酸素による酸化機能)をそなえています。雨が降っただけで油汚れも落ちるというわけです。

 

 この場合、クリーニング作業も減らすことができるので、結局、発明の効果として、「手間」を「減らす」ことが大きな特徴となっています。

 

 さらに、ユーグレナ社が大量培養に成功したミドリムシ(ユーグレナ)も、動物と植物の機能を1つの細胞(ブロック)内に合わせ持っており、「減らし」の発明を構成することができます。たとえばユーグレナを含有した健康食品などです。この発明では、動植物由来の豊富な栄養素を(細胞壁という)妨害無しに一挙に摂取できるので、やはり、様々な食品をとる「手間」を「減らす」ことが特徴的な効果となります。

 

 また、ビジネスモデル発明や、情報通信関連の発明において、各ユーザの電話番号やメールアドレス、さらにはユーザ端末の物理アドレスなどを用いた「減らし」の発明も、多数見られます。具体的には、電話番号、メールアドレスや、物理アドレスなどに、通信先の指定機能だけでなく、ユーザや端末などの識別(ID)機能をも持たせるわけです。

 

 もちろんこの場合でも、ID(識別子)をやり取りする「ステップ(手間)」を「減らす」との効果が奏されます。たとえば、Amazon社の有名なワンクリック特許(特許第4937434号,特許第4959817号)における、「ワンクリック」の手間で買い物が済むという効果は、大変センセーショナルでした。

 

 このような例からも分かるように、「減らし」の発明は、「組合せ」のそれに比較しても非常に創造的だと感じられます。やっぱりシンプルが一番だということでしょうか。では次に、その「シンプル化」による「減らし」の発明をご紹介します。

 

 具体的には、発明の構成要素をより「シンプル」なものに置き換えます。より「シンプル」なものに替えると言われると、すぐに思い浮かべるのがGUI(Graphical User Interface)のアイコンです。このアイコンは、たとえばスマートフォンにインストールされた各種アプリをシンボル化(シンプル化)したものと捉えることができます。

 

 さらに、GoF。オブジェクト指向プログラミングの際に利用可能な、23種類の汎用プログラミング設計パターンです。このように、発明の構成要素の間に1つのパターンを導入する、すなわちパターン化することも、発明の構成要素を「シンプル化」するのに大変有効です。

 

画像11-2ボルカホン また、私が特許出願代理をした件ですが、段ボールで作った打楽器カホンである「ボルカホン(登録商標)」。これは、タイヨー株式会社様(神奈川県厚木市)の特許発明(特許第5642308号,実用新案登録第3193991号)です。従来の木材に代え、作製・取り扱いの点でより「シンプル」な段ボールを利用することによって、適度な音量と、なお素晴らしい音質とを実現しています。

 

 この「ボルカホン(登録商標)」でも、発明物の構成材料をより「シンプル」なものに代替することによって、作製、取り扱い(この場合は演奏)や、さらにはメンテナンス、リサイクルなどの「手間・やり難さ」を「減らす」という効果も奏功されるのです。

 

 このように、発明の構成要素を「減らす」と、多くの場合、その発明の効果として「手間」を「減らす」ことが実現します。

 

 たとえば、電気自動車(EV)は、見方によっては、ガソリン車における駆動の「原理・メカニズム」をより「シンプル」なものに代替し、発明の構成要素を「減らし」た発明だと捉えることもできます。実際、EVは、駆動部を構成する部品点数もガソリン車に比べて格段に少なく、また、部品やモジュール同士をつなげるだけで製造できるとも言われています。すなわち、製造の「手間」を大幅に「減らす」ことができる、という効果をも奏するのです。

 

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◆「減らし」の具体例:発明の構成要素を広げる

 

 さらに、発明の構成要素を上位概念化したり、より広いものにしたりするのも、「減らし」の発明です。このような発明を実現するにも、やはり、一歩引いて発明を「冷静に」観察することが大事です。

 

 また、構成要素を広げ切った極端な場合として、その構成要素の限定を無くすことも「減らし」に該当します。この場合、「そもそも、その構成要素の機能は必要なのか?」とか、「いっそのこと、その構成要素を外してみたら?」といった問いかけが有効となります。

 

 ここで、発明の構成要素をより広いものにするにあたり、「用途特定発明」における用途限定の度合いを「減らす」ことを考えます。

 

 そのような「減らし」の例として、3Dマトリックス社の第1特許(特許第5558104号)と、この特許に係る出願を原出願とする分割出願によって取得された第2特許(特許第5903068号)とをご紹介します。

 

 まず、第1特許は、血小板由来増殖因子(PDGF)を必要とせずに心臓疾患に奏効する自己集合ペプチドを含有する組成物の発明に付与されました。ここで、この第1特許の発明では、この組成物の用途は、「急性心筋梗塞」の処置に限定されています。

 

 これに対し、第2特許の発明は、この第1特許が認められたことを受け、第1特許の発明における組成物の用途を、「急性心筋梗塞」の処置から、「心房細動、弁の疾患、心膜の疾患、先天性心疾患およびうっ血性心不全のうちの1以上」といったその他の心疾患の処置にまで一挙に拡大したものとなっています。

 

 このように用途限定の度合いを「減らす」ことができた理由は、この発明に係る自己集合ペプチドを被験体に適用することで形成され得る一酸化窒素が「心保護作用を促進または提供し得る」点を、出願人が明確化できたことにあります。

 

 いずれにしても、用途限定を「減らし」た発明を特許にした3Dマトリックス社の株価は、第2特許成立の発表を受けて一時ストップ高となりました。市場が、この第2特許の発明を「使える特許発明」であると認めた、と言えます。

 

 このように、「減らし」の発明は、特に用途の拡大や、製造コストの低減、さらにはメンテナンスフリー化をもたらすものになりやすく、効果が分かりやすいこともあってインパクトが大きくなることも少なくありません。

 

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 以上、ご説明したように、創造性を要する「減らし」の発明ではありますが、実現すれば「使える特許発明」となる可能性も高まります。是非、「組合せ」だけでなく、「減らし」にも挑戦されてみてはいかがでしょうか。

 

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