「準備」が命!
◆「事前準備」は発明の王道?!
いきなりで恐縮ですが、のっけから特許発明を1つ挙げます。特許第5808385号は、たとえば電車に乗っているユーザの端末が、降車すべき駅の近くになるとその旨をユーザに通知してくれる発明の特許です。
具体的には、交通機関の車両に乗車したユーザの端末が、降車停車場の直前に停車した「直前停車場」に配置された無線LANのアクセスポイントの識別情報を受信してから、算出した通知時間が経過したときに、降車停車場が近いことをユーザに通知する特許発明となっています。この発明に対する審査では、当初、このような構成は従来技術から容易に思いつく程度の進歩性のないものである、とされました。
これに対し、端末が現在位置している停車場を特定した上で、その場で受信した識別情報を、この特定した停車場情報と関連付けて管理サーバにアップし、停車場に配置された無線LANのアクセスポイントの識別情報を「更新」する、という構成を発明に追加することで特許が認められた経緯があります。
この特許発明の分かりやすいイメージとしては、たとえば、森林に分け入って探検する際、帰りのことを考えて、進む道々に目印となる赤い小石を置いていくようなものです。これは、予め置かれた赤い小石を頼りにして出発地まで無事に帰還する探検方法の発明です。この発明では、このような基本構成に加え、帰還するという事業の「前準備」として「道々、赤い小石を置いていく」ことを明示することによって特許となった、というわけです。
このように、新たに構築したシステムにおいて進歩性が認められないとしても、このシステムを確実に機能させるために必要となる、仕込み、更新や、メンテナンスといった「事前準備」のための構成を付加することによって、特許性が生じることも少なくありません!
特に、実際のシステム運用において不可避・不可欠な「事前準備」のための構成を付加するならば、「使える特許発明」となる可能性も一段と高まります。
たとえば、昔から大工さんや植木屋さんが、仕事は「段取り」で決まる、といっていたのも、技術・技能の遂行においては「事前準備」が大事であることを教えたものでしょう。また、料理の世界でも、下ごしらえ、下準備、お膳立て、仕込みなど、食材や配膳についての準備の言葉が数多く存在するのは、美味しい料理を提供するために「事前準備」を大変重視してきた証といえます。
さらには、有名な孫子の兵法にも「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、」とあります。これも、特許発明創作の場に読み替えてみれば、事前の適切な仕込み・準備が、発明システムの作用結果に大きなプラスをもたらす、すなわち発明に進歩性を与えるような顕著な作用効果をもたらす、と言っているようです。
実際、種々の技術分野において、「事前に準備」しておくことに特徴を有する発明が数多く存在します。たとえば、情報通信技術(ICT)の分野では、新たに発明された技術に係る処理を端末が行う場合に備え、その処理の際に参照すべき情報のテーブルをサーバが予め保持しておくことは、様々な場面・用途でよく見られます。
最初に挙げた特許第5808385号のように、スマホで得られる様々な情報を吸い上げてサーバで処理し、このスマホに対しサービスを提供するという、よくあるパターンの発明の多くには、「事前準備」がからんでいます。
また、1つの典型例ですが、インターネット(Internet)上で日頃お世話になっているDNS(Domain Name System)。これは、TCP/IP上でドメイン名・ホスト名とIPアドレスとの対応関係を「事前準備」しておく、壮大な名前解決のための発明です。人間にとって扱いやすいドメイン名・ホスト名を指定すれば、予め準備・更新された対応テーブルを用いることによって、TCP/IP上で実際に個々のコンピュータやネットワークを識別するのに使用されるIPアドレスを割り出すことができるのです。
さらに言えば、近年急速に普及したクラウドコンピューティングにおいて、マイグレーションした仮想マシンが移動先で確実にルータにアクセスできるように、デフォルトゲートウェイとなり得る全てのルータのIPアドレスを予め同一にしておく、というのも「事前準備」そのものでしょう。ちなみに、この「事前準備」を含む特許発明(特許5813699号)については、このブログ第9話において、別の観点からご紹介します。
ここで、発明において「事前準備」しておくのは、上記のような使用する可能性のある「情報」に限られるわけではありません。「モノ」や「エネルギー」を、予め仕込んでおいたり蓄積したりしておき、所定のトリガによってそれらを所定の方向に開放することによって、所定の目的を達成するような発明も無数に存在します。
たとえば、身近なところでは、バネ仕掛けのねずみ取り、ゴム輪銃、ゼンマイ式腕時計、砂時計、電池によって作動する各種機器、電気自動車、ソーラーパネルと蓄電池を備えたスマートハウス、水力発電所、油圧制御機器、カセット式コンロ、自動車のエアバック、アクアラングなどなど、挙げればキリがありません。
また、そもそも、生物(生命?)は、進化、すなわち自らを「発明」する行為の中で、そのような「事前準備」の仕組みを体内に創ってきた、ともいえるのではないでしょうか。
たとえば、生体内では、活動・行動に必要となるエネルギーの大部分が、ATP(アデノシン三リン酸)という化合物の形で貯蔵されています。そして、ATPのリン酸基を解離させてエネルギーを放出し、目的とする活動・行動を所望のタイミングで行うための「事前準備」が、常時なされているのです。このような生体の仕組みはまさに、「事前準備」による偉大な発明であるといえます。
さらに言えば、今社会問題となっている原子力発電も、見方によっては、陽子及び中性子の結合エネルギーの形でエネルギーを蓄えた原子核を、格納容器の重水内に「事前準備」しておき、格納容器の中で核分裂を制御しながら、準備しておいたエネルギーを安定的に取り出す仕組みの発明となっています。
このように、所望の動作や処理を行うために必要とされる「情報」や、「モノ」、「エネルギー」を、後々利用しやすい形で「事前準備」しておくことは、「特許発明」を創り出す王道ともいえるのではないでしょうか。
これは、別の言い方をすると、1つの新しい仕組み・システムを創ろうとする場合、その仕組み・システムを作動・展開していくのに必要な「情報」、「モノ」や、「エネルギー」をどのように準備しておくか、までしっかり考えておくことが非常に大事だ、ということです。
ちなみに、技術的思想としての発明ではありませんが、特許出願の際、発明した新たなシステムにおける更新やメンテナンスといった「事前準備」についての技術事項の記載を、明細書に予め「事前準備」しておき、拒絶理由応答の際、この技術事項による請求項の限定を行って特許を取得する!といった特許取得のためのテクニックも、まさに「事前準備」の発明といえます。
——————————
◆要の準備こそ大事!
以上ご説明したように、特許発明創作のための1つの指針として重要な「事前準備」ではありますが、この用語は、発明技術を構成するほとんどの要素に当てはまってしまうような広い意味を持っています。ですので、指針として活用しようとすると、かえって混乱してしまう場面もあり得ます。
たとえば、極端な話をすると、デバイス・装置の機能構成要素を表すブロックや、アルゴリズムを表現したフローチャートのブロックにおいて、着目したブロックの1つ前に位置するブロックは、この着目したブロックで行われる処理の「事前準備」処理を行うところ、ともいえます。
ただし、このブログ第6話でお話ししている「事前準備」は、そういうことではなく、発明の要の部分、すなわち発明における「課題」を解決するための、又は「効果」を産み出すための主要な部分を機能させるための予めの準備を指しています。
ですから、たとえば、「情報」や、「モノ」、「エネルギー」を使うことによって、懸案の課題を解決したり優れた効果を発揮したりする発明を思いついた際、次に、それらの「情報」や、「モノ」、「エネルギー」をいかにして調達するか、又は使える形としていかに準備しておくかを考えておくことが重要になる、ということです。
さらに言えば、ごく当たり前のこととしてほとんど意識されずに前提化している「事前準備」を、発明した技術の中からいぶり出して意識化・具現化し、重要な発明構成要素として明示することができれば、この発明技術が「特許発明」として認められる可能性も出てくる、ということです。
最後に、日本の街中で大変目に付く「事前準備」の発明例とはなりますが、飲料等の販売を人手によらず「自動」で行う発明である自動販売機。この発明では、特に、購入者の押したボタンに合わせて、又は(お任せモードでは)カメラによる顔画像から推定した購入者の年齢・性別等に合わせて、「事前準備」した飲料缶等が選択されて出てくる仕組みが、特許性を生じさせる可能性のある部分となります。
さらに、ラーメンの自動販売機において、購入者が、麺のかたさや、スープ・具材の種類を選択したり、全体の量そのものを指定したりできる発明があるとします。この場合、購入者の希望に合ったラーメンの調理・販売を「自動」で行うことが、この発明の主な作用とはなります。
しかし、そのような希望通りの自動調理・販売を実現するために、食材の「事前準備」の仕方に相当の工夫があったり、「事前準備」した食材のうちから希望に合ったものを適切に選択し、さらに選択した食材に対しその希望に適した前処理を施すような工夫があったりすれば、これらの工夫は、この自動調理・販売の発明の特許性をより高めてくれるでしょう。
このように、発明の主となる作用が発動する際、「事前準備」したものの中から、今回発動した作用に合ったものを選択して取り出したり、「事前準備」したものを、今回の作用に合った形に変換・加工して提供したりする仕組みを提示すれば、特許性は一段と高まるに違いありません。