次は「ロジック体系発明」?!

◆造語です:「ロジック体系発明」

 

 この第8話では、イントロダクション的な話とはなりますが、今後の「特許発明」の動向を予想してみます。

 

 先にお話しした第3話において、IOT(Internet Of Things)と人工知能(AI)の結合システムでは「物質」発明が中心にはなりにくい。その理由は、物質発明におけるインプットは物理的な作用であってアウトプットは物理的な現象であり、このような物理的作用・現象はそのままではInternet(通信)に乗らないから。というお話をいたしました。

 

 すなわち、通信ネットワークがベースとなるシステムでは、「物質」発明の技術的価値が、何らかのインタフェースを介し、ネットワーク上でやり取りされる「情報」の方へ移ってしまうのです。

 

 このような例から分かるように、今日、何らかの形でInternet(通信)が絡む「特許発明」の中心は、自然・物理法則を利用したモノの発明から、情報やその処理・変換(ロジック)についての発明の方へ移行しています。この傾向は今後ますます強まるものと思われます。

 

 もちろん、材料・デバイスの「特許発明」が今後とも重要であることは間違いありません。ですが、「使える特許発明」のより多くが、情報処理・変換(ロジック)を規定した発明、すなわち「ロジック体系」の発明の形をとるのではないでしょうか。

 

 ここで、少し極端な予想をしてみます。機能材料・物質、機能デバイスや、MEMS(微小電気機械システム)、さらには人工細胞や、人工臓器の発明においてですら、構成・作用についての情報処理・変換に関する「ロジック体系発明」の形をとるものが多く出てきそうです。

 

 たとえば、これらの発明は、将来、仕様の標準化された三次元人工格子形成装置や、3Dプリンタなどによって形成されることを前提としたプロダクトバイプロセス発明(請求項にそのものの製造方法が記載されている物の発明)となるかも知れません。

 

 そうすると、このようなプロダクトバイプロセス発明は、それらのプロセス装置を稼働させるための「IPデータ」を規定した形をとる可能性もあります!

 

 ここで、「IPデータ」は、通常、LSIの回路設計データを意味します。その種類としては、LSIの動作仕様を規定しておりHDLVerilogなどのハードウェア記述言語で記述される「ソフトIP」、回路の論理構成を規定した「ファームIP」や、素子配置及び配線データである「ハードIP」があります。

 

 たとえば、将来の超高機能複合材料は、ナノレベルの複雑な微細構造を有し、電子(電荷及びスピン)やイオンなどが入出力するナノ物質回路に相当するものになるかも知れません。そうなるならば、この物の発明は、このナノ物質回路の動作仕様を規定した「ナノ・ソフトIP」、同回路の論理構成を規定した「ナノ・ファームIP」や、同回路における物理的配置及び要素結合関係を規定した「ナノ・ハードIP」を規定した形となってもおかしくありません。

 

 これらの「ナノ・IPデータ」の発明は、まさに「ロジック体系発明」です!(ただし、書きながら思うのですが、これは実現するとしてもたとえば汎用AIの普及よりもずっと後になりそうです。ナノ物質回路は、入出力対象が電荷に限定されずその論理も難解且つアナログ的であり、LSI回路と比較して桁違いに複雑ですので。)

 

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◆情報処理は物理?!

 

 20世紀に入り、物理学は飛躍的な進展を遂げましたが、その対象はあくまで「物」でした。場の理論でいう「場」にしても、エネルギーや運動量をもつ「物」的な物理的実体でした。一方、同じく20世紀に開花した情報科学・工学の対象は、まさに「情報」です。

 

 ただし、「情報」は自らを具体的に表現する物理的実体を必ず伴っており、その意味で物理法則に従うものです。ですから、情報科学・工学の進展に伴い、物理学の方も「情報」を意識せざるを得なくなりました。

 

 さらに、情報科学・工学が、量子計算アルゴリズムなどのように、「情報」を表現する物理的実体に量子力学の対象(スピンなど)を採用し始めました。すると、特に基礎物理学において、「情報」を「物」と並ぶ学問対象として積極的に認める動きが出てきたのです。

 

 1981年5月にボストンで開催された「計算と物理に関する会議」では、有名な物理学者のファインマンが量子コンピュータの可能性を予言しました。この会議以降、「計算(情報処理)は物理だ」、「計算(情報処理)は数学ではなく、物理的実体で表現された情報を変換する物理だ」といった認識が広がっていったようです。

 

 このように、「物」の道理を見極めるための物理学ですら「情報」を積極的に取り扱うのですから、このICT(Information and Communication Technology)時代に、「情報」の処理・変換について規定する「ロジック体系発明」が大きな位置を占めるであろうことは、当然に予想されるところです。

 

 私の経験として、材料やデバイスの研究開発に取り組んでいるときには、あたかも、自然・物理法則の強固な壁が、新しい「発明」創作の前に立ちはだかっている印象でした(それが醍醐味でもあるのですが)。

 

 しかし、それと比較すると、例えば成膜・測定装置の制御プログラムの作成や、収集した測定データの解析方法の考案など、情報処理に関わる部分では、新たな「工夫」がやりやすく、その分大変面白かったことを覚えています。

 

 「情報」についての発明を行う際には、自然・物理法則に強く縛られることのない、ある種の開放感が存在するのではないでしょうか。

 

 たとえば、一般に、「情報」の組合せのパターンは、「物」の結合・化合パターンとは比較にならないほど多く存在します。また、ある意味縛りになる各種のプロトコルも、人為的な取り決めである以上、変更できないわけではなく、むしろ、新たなプロトコルや規格を創作すること自体が「特許発明」になり得ます。

 

 ですから、今後、思考空間で自在に創作された「ロジック体系発明」が、ますます増えて、その多くは「使える特許発明」になっていくのかも知れません。

 

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◆やはり「コンセプト」が大事!

 

 以上、発明の中心が「物」から「情報」へ移行する可能性のお話をしました。ここで、少し哲学的とはなりますが、「情報」と「物」の違いについて考えてみます。

 

画像8-1 たとえば、スマートフォンを使うプレイヤ同士で共同して荒野やジャングルを突き進み、立ちはだかるモンスターを協力して倒していく「マルチプレイヤ・オンラインRPG冒険ゲーム」を考えます。

 

 このゲームでは、冒険する荒野やジャングル、さらには現れたモンスターは、プレイヤにとって取り組むべき明確な「物」になっています。しかし、現実には(たとえばサービス事業者にとっては)、仮想であって存在せず、現象にすぎません。

 

 これに対し、スマートフォンに搭載された探検ゲームアプリで処理される「情報」や、スマートフォン間の通信によってやり取りされる「情報」の方は、これらの荒野や、ジャングル、モンスターを出現させ動かして見せているまさに実在するものです。

 

 すなわち、ゲームなどの仮想空間では、「情報」は実在であって存在論的である一方、「物」は仮想であって現象論的であるということです。「情報」という存在が「物」を現象として操る、といってもいいでしょう。

 

 今後、IOTを利用した各種の運行・稼働管理システムや、ウェブ会議、医療カルテなどの個人データ管理ネットワーク、さらにはオンライン・ショッピングモールや、株や先物取引などを行う金融ネットワークシステムなどの仮想空間が、ますます多くの「発明」の対象となります。

 

 ここで、このような仮想空間に参加し仮想空間に出現する「物」に取り組むような事業についての発明は、その多くがより実在度の高い「情報」を取り扱うことになり、情報処理・変換に関する「ロジック体系発明」となるわけです。とりわけ、そのような「物」は、実在空間の物と比較して自然・物理法則の縛りがより少ないので、様々なアイデアを盛り込みやすく、発明の自由度は高くなります。

 

 たとえば、GUI(Graphical User Interface)における、多数のコンテンツなどをユーザに提示するのに用いられる仮想「掲示板」などは、単純ですが分かりやすい例です。この「掲示板」が飛び交い移動して特定の配列をとったり、大きさや形状、さらには前後関係が提示に適した状態に変化したりといったように、ある意味、画面デザイン(今話題の動的又は静的画面意匠です!)に匹敵するような高い自由度で、様々なアイデアが盛り込み可能となっています。

 

 このような状況で、発明の高い自由度やロジックの迷路を排し、「使える特許発明」を創り出すのに大事となるのは、やはり「コンセプト」です!

 

 上述したように、自然・物理法則の縛りを脱し、ある意味開放感をもって「ロジック体系発明」の創作に取り組む際、「情報」を取り扱うが故に、その組合せの無限性に戸惑い、迷路に入ってしまうことは大いに考えられます。

 

 しかし、「コンセプト」は、このブログ第1話でもお話ししたように、「・・・したい!」、「・・・する!」といった意志や決意を表明したものです。これにより、まず、所望の(情報処理・変換による)アウトプットの形が明確になります。

 

 また、そのようなアウトプットを実現するのに採用可能なインプットの形が具体化してきます。さらに、たとえばそれらのインプットを所望のアウトプットに変換するための処理についても指針が見えてくるのではないでしょうか。

 

 さらに言えば、情報を処理・変換する中心がニューラル・ネットワークなどの機械学習部であるならば、このような情報処理・変換は、特許発明の観点からは多くの場合、ブラックボックスとして扱われます。

 

 この場合、インプット「情報」及びアウトプット「情報」の選択そのものが、この発明を特許にする発明特定事項として非常に重要になります。ここで、これらの「情報」の選択は、想定される事業の形態や、事業上の必要性若しくは可能性といった(技術的ではなく)事業的な事情に基づいて行われるケースも少なくないでしょう。

 

 そのように考えると、事業者の意志・決意である「コンセプト」を何にするかによって、そのような「情報」の選択に係る「使える特許発明」を創り出せるか否かが決まる!ともいえるのではないでしょうか。

 

 ここで、さらに脱線いたします。「情報」が存在論的であって「物」が現象論的だとすると、(少し哲学的になりますが)これは、いわゆる唯物論ではなく、唯心論的ではないでしょうか。

 

画像8-2 唯心論といえば、仏教の唯識論が思い浮かびます。仏教の唯識論は、それこそ膨大な体系をなしているに違いなく、到底にわかに理解できるものではありません。ただ、聞きかじったところによると、五感(第一識~第五識)をとりまとめる意識(第六識)が、第七識(末那識)に依って生じているということです。

 

 この第七識は、自我や煩悩の生じる場所であってけがれた心の働きを司るところでもあるらしいのですが、ここでは、現代風に「無意識・潜在意識」と捉えることにします。

 

 このように見てみると(少し強引ですが)、「情報」を取り扱う発明は、六識(第一識~第六識)に対応し、意志・決意を表す「コンセプト」は第七識に対応するように思われます。まさに、「コンセプト」が発明を生じさせているというわけです。

 

 すなわち、五感(第一識~第五識)のセンサ「情報」を意識(第六識)で処理・変換し、「物」を認識してこの認識に対応したアウトプット「情報」を生成する技術の流れを、第七識の潜在的な意志・決意である「コンセプト」が強力に制御している、と解釈できるのではないかと考えています。

 

 そうすると、無意識化・潜在化している「コンセプト」を掘り起こして目に見える形にし、検証することで、情報処理・変換を取り扱う「ロジック体系発明」をより好ましい形で創作することができるかも知れません。

 

 少し漠然とした話になってしまいましたが、まとめますと、「情報」を駆使して「使える特許発明」を創り出そうとすれば、今まで以上に意志・決意といった「コンセプト」が重要となるのではないでしょうか。

 

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