「当たり前」こそ強力!

◆クラウドの「当たり前」!

 

 今日、クラウドコンピューティングが「当たり前」の時代となりました。ワープロ、表計算やメールのソフトウェア、さらにはオンラインストレージ、業務管理システムや、各種データベースなどなどを、手元の端末に取り込むことなく、思う存分使えるのですから、そうなるのが「当たり前」だといえるでしょう。

 

画像9-1 クラウドコンピューティングでは、例えば、複数のデータセンタを跨ったネットワーク内で、「仮想マシン」を自在に構築します。この「仮想マシン」によって処理・出力される各種サービスが、ユーザ端末へ提供されるわけです。ここで、データセンタ間は、「仮想スイッチ」を用いて構築されたL2ネットワークによって接続されます。

 

 このようなクラウドコンピューティングシステムにおいて、構築された各「仮想マシン」を複数のルータのいずれかの配下におき、これらのルータにおける「仮想マシン」側のIPアドレスを、1つの共通アドレスとした技術が、特許(特許第5813699号)として認められています。

 

 この特許発明では、仮想マシンを「マイグレーション(移動)」させた際、この仮想マシンのMACアドレスを登録するルータを、移動元のルータから移動先のルータに変更しています。ここで、IPアドレスが同一となっているので、仮想マシンは、ルータのMACアドレスを求めるARP要求を一斉送信することができ、一方、移動先のルータは、このARP要求を受信し、自身のMACアドレスを含むARP応答を返すことができます。

 

 これにより、この仮想マシンのデフォルトゲートウェイが、移動先のルータに変更されます。その結果、ユーザ端末への通信は、この移動先のルータを介して効率的に実行可能となるのです。

 

 ここで、この特許発明の審査では、仮想マシンがデータセンタ間を「マイグレーション」した場合に、同一のIPアドレスを利用可能とすること自体はすでに公知であるとされました。しかし、これに対して、仮想マシンとルータとの間でやり取りされるARP要求/応答を、具体的に発明構成要素として明示したことにより、特許が認められています。

 

 このように、「マイグレーション」といった1つの技術において、所望の結果を得るために実施される具体的な処理ステップを付加することが、特許の認定にあたって最後の「一押し」となることは少なくありません。

 

 この際、その処理ステップ自体は、その分野の技術者の方にしてみれば、「当たり前だ」と思われるようなものであることも多いのです。たとえそのような従来使用されてきた、ある意味陳腐な処理ステップであっても、発明の進歩性を生じさせる偉大な「一押し」となる可能性があるということです。

 

 実際の発明相談の場では、システムを開発する技術者の方が、このような処理ステップを見過ごされているケースによく出くわします。「プロならば、この程度の工夫は当然に行うものから、特許性はないだろう」と無意識に見なしてしまうわけです。

 

 そうではなく、むしろ積極的に、「当たり前」にやっていることを改めて見直す姿勢が、とても大切になるのではないでしょうか。

 

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◆IOTの「当たり前」!

 

 さらに、技術者の方にとっては「当たり前」ともとれるような技術事項を付加することで特許発明を取得した実例をご紹介します。

 

画像9-2 その前に、クイズを1つ。センサを備えた機器Aと、遠く離れた制御装置Bとをネットワークで接続した制御システムの発明において、制御装置Bが機器Aからセンサ情報を受信し、この情報に基づいて機器Aへ制御情報を送信する構成について、特許性が生じるのはどのような場合でしょうか。

 

 ちなみに、機器Aとしてはロボットでも、家電でも、工場設備でもOKです。今注目されているIOT(Internet Of Things)の基本単位をイメージしていただければ、と思います。

 

 もちろん、このクイズの正解はそれこそ山のようにあります。ですが、よく見られる1つの正解は、このセンサ情報が、機器Aを制御するための参照情報としては「通常用いられない意外な情報」である場合です。

 

 例えば、機器Aが気圧計及び湿度計を備えた調理器であって、制御装置Bが、受信した気圧及び湿度情報を参照して、適切な長時間調理の指示を与えることができるとしたら、そのような構成の有益性にもよりますが、進歩性の認められることもあり得ます。

 

 また、それとは別の正解として、制御装置Bが機器Aとは遠く離れているがゆえに、例えば機器Aをかたわらで直接制御する場合には行われることのない「特殊な信号のやり取り」を行う場合でも、そのやり取りに特許性の生じる可能性が出てきます。

 

 ここで、このような特殊な信号のやり取りは、センサと機器Aとの間であってもよく、機器Aと制御装置Bとの間である場合もあり得ます。さらに、通常行われないルート、例えばセンサと制御装置Bとの間で信号のやり取りが行われるとなると、そのやり取りが意義あるものかどうかにもよりますが、発明の進歩性はさらに高まる可能性があります。

 

 また、そのような特殊な信号のやり取りが、何らかの事情によって行われたり行われなかったり、さらには、やり取りする信号種別が変わったりする工夫がなされていれば、特許性は大いに高まると考えられます。

 

 さらにまた、そのような特殊な信号のやり取りを実行するように指令する指令元を、機器Aにするのか、制御装置Bにするのか、はたまた当該ネットワーク内にある通信の中継装置にするのか等によって、発明の進歩性が発生することもあります。この場合も、当業者にとって意外な場所から指令を行うことで今までにないメリットを生み出すならば、特許となる可能性は高くなるでしょう。

 

 以上いろいろな「工夫」の可能性を説明いたしましたが、実は、このような「工夫」が、実際に運用されている他のシステムにおいてすでに「当たり前」に採用されている、という場合も少なくありません。

 

 例えば、室外温度センサを持つ室外機を有し、停止時に当該室外機を非通電状態とする空気調和機が、公衆回線を介して携帯端末に対し室外温度情報を提供する発明が特許となっています(特許第5821935号)。

 

 ここで、所定時間おきに室外機の通電を一時的に回復させて室外温度センサから得られる室外温度情報をもって、携帯端末に提供される室外温度情報を更新する、といった構成だけでは特許は認められませんでした。また、そのような更新のやり取りを行うための指令を、空気調和機と端末との間の通信の仲介(中継)装置に行わせる構成をもってしても、拒絶理由は解消しませんでした。

 

 しかし、最後に、そのような更新のやり取りを行うための指令のオンオフを、当該仲介装置が選択可能であるように構成されているとの限定事項を追加することで特許が認められました。具体的には、この選択によって電力消費やリレー音等の騒音を抑制することができる、との効果が認められた形となっています。

 

 この特許のケースにおいて、システム開発の技術者の方が「プロにとって当たり前の工夫だから、特許性はないだろう」と判断し、そのため、決め手となった最後の限定事項が明細書に記載されていなかったとしたら、最終的に特許は認められなかったかも知れません。

 

 このような実は特許の決め手となり得る「当たり前」の工夫を、見逃さずに特許出願の明細書に記載しておくことが非常に大事となります。このような工夫に係る技術事項は、出願当初、その出願の請求項(権利主張範囲)に入っていなくてもかまいません。

 

 そのような技術事項は、明細書に記載されてさえいれば、将来、必要となった際に、請求項を限定して特許化を図る切り札として利用することができます。または、この技術事項を含む請求項を掲げた分割出願を行い、別ルートで特許にこぎ着ける、といったことも可能となります。

 

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◆動画処理の「当たり前」!

 

 さらに、同じようなパターンで、実際に特許となった例をご紹介します。

 

 今日、撮影によって被写体を追跡する技術は、画像処理手法の進展と相まって、開発が盛んに進められています。例えば、追尾機能を有する監視カメラシステムは、すでに販売されており、「当たり前」の技術となっています。

 

 このような追跡技術において、例えば、複数のカメラによる複数の動画の内から、追跡対象の被写体を包含する画像領域を含む動画を選択して、この画像領域から被写体の画像を切り出し、さらに、切り出された画像を連結することによって、被写体を追跡する動画を生成することは、現在、公知であって「当たり前」の技術であり、そこに特許性はありません。

 

 ここで、特許第5804007号では、このような特許性無しとの判断に対し、「各タイミングに対応して切り出される各画像を、前記被写体の上下の位置が変化しないような画像とし、画像内における前記被写体の左右の位置が変化しないように切り出し領域を変化させる」ことを特定することによって、最終的に特許が認められています。

 

 このように、実際に行われる具体的な1つの処理の内容をもって発明を限定することにより、特許が認められる場合も少なくありません。

 

 ここで、この限定事項が、その分野の技術者にとって、常日頃行っている類いの「当たり前」の手法や処理に係るものであっても、ある発明の中で採用された場合、特許性の生じる要になり得る!ということです。

 

 ちなみに、技術者にとっては昔から使用してきた「当たり前」である手法や処理であっても、それを含む発明自体が、公然と知られた発明(公知発明)や、公然と実施された発明(公用発明)でなければ、そこから特許発明を生み出すことが可能となるのです。

 

 ここで、公然実施された発明には、その発明の内容を知り得る状況で実施された発明も該当することに注意が必要です。例えば展示会で発明製品を展示した場合、説明員に製品内容を説明してもらえるのが普通ですから、知られ得る状況で実施された、すなわち公然実施された発明となってしまいます。

 

 一方で、「物の発明においては,当該物が販売された場合,通常,公然実施されたことになるが,当業者が利用可能な分析技術を用いても,当該物が特許請求の範囲に記載されている物に該当するかどうかの判断ができない場合には,公然実施されたものとは認められないと解することができる(平成20年()第4754号)」と判示した判決もあります。(とはいっても、もちろん、販売前に発明の形を決めて特許出願しておくことが原則であることに変わりはありませんが。)

 

 特に、これから採用しようとする新たな技術の処理アルゴリズムや処理シーケンスにおいて、技術者にとっては過去にも利用してきた「当たり前」の処理ステップを付け加えることによって、当初の課題を見事に解決できることは少なくありません。この付加した処理ステップこそ、この新技術を特許発明にするための要となるかも知れないのです。

 

 ただし、このような「当たり前」の処理ステップを含む特許発明が「使える」特許発明になるためには、例えば他社製品において、この処理ステップが採用されている事実を、分析等をもって確認できなければなりません。この点、たしかに問題となり得ますが、この処理ステップが特許化の際に要となった経緯を考えると、特許発明製品の奏する出力(効果)から判断して、この処理ステップの存在を確認可能であることも十分に考えられます。

 

 ですから、「当たり前」の工夫を付加することで「特許発明」になるならば、その方向で特許化を大いに進めるべきではないでしょうか。

 

 また、さらに突っ込んで考えると、「当たり前」の工夫の付加によって本当に発明の進歩性が担保されるのか?後々特許無効にされる心配はないのか?についても気になるところです。

 

 たしかに、特許庁の審査で進歩性が認められたからといって、後の特許侵害訴訟の場でどう判断されるかについて確実なことはいえません。しかし、それでも、苦労して見える形に仕上げた発明を、少しの工夫をもって「特許発明」に押し上げることには、大きなメリットがあります。

 

 そもそも公(特許庁)が認めた「特許発明」というだけで、たとえそれが陳腐な工夫に見えたとしても、他社の実施を怯ませる強力な抑止効果が生まれます。また、ほとんどの場合、訴訟における特許発明の進歩性判断にまでもつれ込むことはありません。さらに、付加した工夫が、「当たり前」であるが故に実際には避けて通れない必須の技術であるならば、この特許発明が「使える特許発明」になる可能性も大いに高まります。

 

 他の技術においては通常、そのようにすることが「当たり前」であるような「工夫」を行ったことによって特許となった発明。このような特許発明の中から、「使える特許発明」が化けて出てくる!ということです。

 

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